ショートショート1「石鹸」
遠くで運動会の練習をする、小学生だろうか、の声がしている。そういえば最近では6月に運動会をこなしてしまう学校も増えているのを耳にする。季節はずれの台風が去ったあとの晴れで、街はいくらか普段よりも明るく見える。
あてもなく街をさまようのは、あまり得意ではない。なんだかすごく不安定な気持ちになって、それで予定よりもかなり早く家についてしまうことがよくある。だから正直、石鹸の失踪はそんな僕に外出の動機付けをしてくれたという側面も持っている。そうでもしないと家で読書をするか何も考えずにジョギングをするしかやることがないのだ。
頭の痛いことに、ちょうどこの時期は繁殖期だということをすっかり忘れていた。こんなことならもっとしっかりした、聞き分けのいい石鹸をきりっとした品のいいデパートで購入しておくべきだった。もう長いこと同じものを使用していたせいで、そうした危機管理能力が劣っていたのかもしれない。この辺り一帯はおなじような石鹸を使用する家が多いことさえ忘れていた。
石鹸を持たない一日はひどく長い。だからあてもなく探し回りでもしなければ退屈でどうにかなってしまいそうになるのだ。もちろん、量販店で真新しい石鹸を買うこともできた。しかしせっかく長く使用していたのだ。グレードだってこのあいだ、Bを取得したばかりだ。それほど大変な努力をした覚えは無いけれど、それでも今手を離すには惜しい気がする。
そんなわけで、今日も僕はあてもなく街をさまよっている。小学生の運動会の練習も佳境に入った。
石鹸が失踪して以来、まだ体は洗えていない。
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