ショートショート8「財布」

僕が財布の厚さに気づいたのは、昨日の午後13時42分だった。
なぜそんな正確な時間まで覚えているのかと言うと、レシートに時間が書いてあるからだ。だから本当の意味で、覚えているとはいえない。
僕は−他の人のことはあまり気にしていないので、他の人が本当のところどうなのかはわからないけれど−財布をある期間で取り替える、ということをしない。今使っている財布は、もうかれこれ10年近く使っている。しかしその事実を意識することはほとんどない。だからこれだけ長い間使用しているのだということもできる。
ともあれ、僕は僕の財布について、細部にいたるまでかなり正確に把握していたんじゃないか、と思っていた。だから正直、はじめはいったい何が起こったのか想像もできなかった。

僕の財布は−文字通り−薄くなった。紙幣も薄くなり、コインも、さらには僕の運転免許証までも見るからに薄くなった。だから、店の従業員がかなり−かなり、だ。−あやしい目つきで僕を見たのは、仕方が無いことだといえる。なにしろ僕だって自分が手にしたお金に驚いたのだから。

そして−これはある程度予想ができたことなのだが−僕の他の人の財布も、その大きさを変えた。ある人は本来の大きさより厚くなり、またある人は薄くなった。厚くなった人の顔は、心持ちこわばっていて、薄くなった人はその事実に驚きながらも、平然とした顔をしているか、怒った表情で両替を頼む人の2通りだった。

その日から、お金はそれが渡った人の財布によって厚くなったり薄くなったりした。もちろん報道記者は飛びつくようにニュースを流し、日本銀行と財務省は困惑した。いったい、なにが起こったのだろうか、と。

僕は、といえば、ズボンのポケットがいつもより目立たなくなったので、特に不満は無い




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