ショートショート3「花」

日中は晴天がつづいていた。ここ数年、梅雨の前に一度、おもいついたように夏がやってくる、そんな季節がある。梅雨がやってくるとなにか忘れ物を取りに帰るように夏はその姿を消し、そしてちょうど高校野球が各地で盛り上がりを見せるころ、夏はまた姿を現す。ごめん、ちょっと思ったより時間がかかってしまって、でも、もう大丈夫。さぁ、今年もはじめようじゃないか、とでもいいたそうに。
 そんな季節が、僕はわりと好きだ。なにか新しいことがはじまりそうで、でも本格的になるにはまだ早そうで。そんなどこにもいきつかない感覚のうちにあるときは悩まされ、またあるときには励まされ、それでも、僕なりに僕の小さな世界で小夏とでもいうべき季節を楽しんでいた。
 小夏の少し遅めの夕立に逢い、商店街の軒先で雨の止むのを待っているときに、彼女に出会った。
 「ほんと、いやになっちゃう。今日はばっちりお化粧して来たのに。ねぇ、こんなことってある?まだ5月なのよ?もう、だめね。これじゃ待ち合わせの時間に間に合いそうに無いわ。」言葉とは裏腹に、少し微笑んだ様子で、彼女は僕に話しかけた。
 「小夏っていうんですよ。梅雨に入る前の、少し早くやってくる、夏。今日みたいな季節です。」
 「コナツ?なんだかデザート食べているみたいね。」おどけたように彼女は言い、腕時計に目をやった。
 「もうすぐ止みますよ。あなたの化粧もまだ大丈夫。」
 「ふふ。いやなこと言うわね。でも、どうもありがと」
 弱まった雨の中を足早に去っていく彼女のブラウスの背中には、紫陽花の花びらが一枚、次第に姿を見せる日の光を浴びて、きらっと光っていた。




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